アリス

 「戻って来ちゃったなあ」これが最初に抱いた感想だった。商品が所狭しと並べられた棚に両サイドから押し潰されそうな感覚を抱きながら僕はレジへと歩みを進めた。ここはスーパーだ。乗り換えも合わせると11時間を超える長旅に備えて水を買うところだ。バスの出発まで1時間もある。慌てることはない。

 できることならこのまま牧場で残りの数カ月を過ごしたかったがそうもいかない。お金が必要だ。名残惜しいが人間含め全ての動物に別れを告げて牧場を後にした。こうして、2ヶ月に及んだファーム生活は終了したのだった。と、同時に、現実の世界に帰ってきてしまったのだ。

 途中までは良かった。帰りのバス代はスマートフォンでカード決済だったし、余分な荷物を日本に送るためのお金もかかったが、対価として何かを受け取ったわけではなかったからだ。スーパーがいけなかった。どこを見ても溢れかえる、モノ。こちらがお金さえ払えば、それらは全て手に入る。

 牧場にいる間、全くスーパーに行かなかったわけではない。マザーと一緒に買い物に行くときもあった。それでもそれは自分のお金ではなかったからあまり何も感じることはなかった。

 もちろん、全てが自給自足のサバイバル生活を送っていたわけではないため、そこに間違いなくお金は介在していた。食べ物であったり、電気であったり、水であったり。ただ、約2ヶ月間自分のお金を一切使わなかった。そんなこといつぶりだろうか。

 お金を稼ぐためではなく、その場所にいたいから働く。それはとても気持ちのいいことだった。動物たちのおかげか物欲が湧くこともなくなった。牧場から一歩外に出れば経済活動をしなければならないが、ここなら安全だ。

 牧場は僕にとって現実世界から隔離された理想の場所。そこには休日の朝に二度寝をした時に覚えるあの心地よさがずっと流れていた。

 それでいてそこには嘘をつかない動物たちがいる。普段いる現実世界ではスーパーに平然と並ぶ1つのモノとして売られている鶏肉が、目の前では鶏として存在している。次第に僕はどちらが「現実」なのかわからなくなった。だからこそ、金銭的な理由で牧場を出ていく自分に悔しさと苛立ちを覚えるのと同時に、その一方で、少しほっとしている自分もいることを否定できないのであった。【染谷祐希】