黒い黄金

 3つの巨大なタンクが平原の中に肩を並べて立っている。まるで周りの風景に馴染んでいない。真っ黒にのぺーと塗られた色感がその異様さを更に際立たせていた。

 僕が滞在していた牧場の周辺は平坦だ。そこに森と牧場と湿地と麦畑がパレットの上で混ぜられた絵の具の様に混在する。では牧場または麦畑×タンクで思いつくものと言えばなんだろうか。乳牛から搾り取ったミルク用のタンクか。それとも収穫した穀物を保管するサイロか。どちらにしてもピンと来ない。それほどその黒い大きなタンクが放つ雰囲気は異様なのだ。

 ところでカナダはある分野で世界3位につけている。面積?メープルシロップの生産量?熊の数?正解は石油の埋蔵量だ。一般的に中東のイメージが大きい石油だが、カナダも立派な石油産出国だったのだ。その輸出額でも5位にランクインするほどだ。そしてそのカナダの中でも、ここアルバータ州は最も石油が採れる場所として知られている。

 1914年に最初の油田が発見されると、黒い黄金と呼ばれたその資源を目がけて大勢の人がこのアルバータに住み始めた。その結果、畑と牧場が一面に広がっていたこの地は姿を豹変させた。いつしかカルガリーや州都エドモントンには近代的な高層ビル群が立ち並ぶようになった。

 このオイルマネーのおかげでアルバータ州はカナダで一番裕福な州と言われている。その恩恵は僕も受けている。日本で言う消費税にに当たる税金がここにはないのだ。また、身分と住所を証明できる書類があれば、州が発行する保険に加入し、病院に無料で行くことができる。

 そんな豊潤な経済を造り出しているのがあの3つの黒いタンクなのだ。

 だが、かつて黒い黄金に沸いたアルバータも今は苦境に立たされている。石油価格の低迷による経済の悪化だ。現に6ヶ月いたカルガリーでは、ビルには空き部屋が目立ち、街には多くのホームレスがいた。皮肉なことに、この石油価格の変動をもたらしたアメリカでのシェール革命が起きたのは、この地で最初の油田が発見されてからちょうど100年後の2014年だった。

 ロッキー山脈での観光業など大自然からの恩恵を大いに受ける一方で、その自然を破壊する石油も生産する。結局、当たり前だが人類はこの地球という惑星なしに生きていくことなど不可能なのだ。 【染谷祐希