今日も満員電車に乗らなければいけない。他人の体温と臭いで充満する空間は苦痛だ。 乗客が自分一人だけだったらいいのに。
実はそんな願いを叶える駅がある。秘境駅だ。過疎化による集落の消滅やダム建設による孤立などが要因で、人家のほとんどない地帯に存在する駅のことを指す。日常的に使われることは極めて少ないが、日に何人かの観光客が足を運ぶおかげで、完全な廃駅には至らないという。見渡す限り、線路以外の人工物はなにもない。一体、そんな駅のどこに人は惹かれるのだろう。
沈黙と悲しみ、いわば「悲境」の雰囲気に魅了されるのだ。かつては生活に必要だったからこそ建設された駅であったが、時代が移り変わるとともに現実的な役割を失い、幻想的な一面しか売り出せなくなった。訪れる人は、駅に自分自身の悲しみや不安を重ねるのではないだろうか。昨日は世間や家族に必要とされたけれど、今日もそうとは限らない。そんな不安のなか、自分だけは必要な人間でありたいと強く願っている。感情とはなんとも忙しないものだ。
「悲境駅」には、今日も定時通りに電車がやってくる。ここでも人の気配がしないほど心地良い。