「美容師になるの。」10年前、それが私の口癖だった。漠然とした夢に向かっていた頃の自分が、ふと羨ましく感じた。
今の私は、あの頃描いていた未来とは随分違う道に進んでしまった。就活という社会の渦に飲み込まれ、黒いリクルートスーツで鏡の前に立っている。私は何がしたいのだろう。そう思うたびに、過去の自分と今の自分を重ねてしまうのだ。
秘境とは、人が辿り着けないような場所にある絶景を指す。だが、それは形ある場所とは限らない。心の中にもあるかもしれない。
アルバイト先で誰かを笑顔に出来た時、化粧を変えて褒められた時。何気ない日常の記憶1つ1つが、不思議と大きな自信になっている。その思い出や記憶には、私以外誰も到達することはできない。私にしか見えない絶景が心の中に広がっているのだ。
過去の思い出を振り返ると、現実の儚さに圧倒されてしまいそうになる。しかし、それもたまにはいいかもしれない。私だけの秘境にまた出かけよう。